2005年2月16日
あかいふうせんさんのVBAC裁判の状況について
あかいふうせんさんの日記ページ
『あかいふうせん』父子家庭日記
にて、VBACの裁判の様子が書かれています。(詳しいことは是非、サイトの方をごらんください。)
そこで、裁判所へメッセージを募集されており、微力ながらこんなメールを差し上げました。
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私の妻は、上の子を緊急帝王切開で1999/11/14に出産しました。その後、2002/6/20に下の子を予定帝王切開で出産しました。
まず、日本では、普通分娩に比べて、帝王切開が不当に低く扱われているという現状があります。帝王切開で出産したというその1点だけで、周囲の人から中傷を受け、悩んでいる母親が非常にたくさん居られます。その現状そのものを、この場ではとやかくは言いませんが、そういった現状が、日本でのVBACによる出産率の高さに現れているのは事実です。
VBACという出産方法についての是非も、この場ではとやかくは言いません。
私は、問題は、大きく以下の3点であると考えます。
1.VBACという出産方法のリスクを、医者、産院がどれほど正しく理解していたか。
2.VBACという出産方法のリスクを、医者は、どれほど正確に妊婦と妊婦の家族に伝える努力を行っていたか。
3.VBACという出産方法を行う場合に、子宮破裂が起こった場合を想定した準備が十分に整えられていたか。
これらについて、ベルさんの裁判の過程おいて、すべてが不十分であったことは、明らかです。
このどれか1つでも十分であったなら、ベルさんの悲しい出来事は起こりませんでした。これを医者、産院側の過失といわずして、何を過失と言うのでしょうか?
何事にもリスクはあります。出産には、どのような分娩方法をとろうとも、必ずリスクはあります。しかし、未然に防ぐことが可能なことを防ぐ努力を怠った、医者、産院側に過失があったからこそ、今回の出来事が起こったことは明らかです。
私には、
「搬送をもっと早い段階で決断していれば、確かに命を落とさずに済んだことも理解できるし、十分な設備やマンパワーを持たない施設でこのようなリスク分娩を行なうべきでないということも理解できるが、法的な過失を問うのは難しい。」
という、裁判官からの意見を聞き、最後の、『法的な過失を問うのは難しい。』という文言が理解できませんでした。法は、個人の生命に対して、いったい何を守ってくれるのでしょうか? 医者や、医院は、行った医療行為に対して、法的な責任をとる必要はないのでしょうか?
裁判官に求めることではないのでしょうが、同じ悲劇を繰り返さないためにも、VBACという出産方法に対する、医者、医院の責任を明確にし、十分な知識の元、十分なインフォームドコンセントと、十分な準備で、未来の宝である赤ちゃんが生まれてくる環境が整うことを切に願います。
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この内容だけでは良くわからないと思いますので、是非、あかいふうせんのサイトの方へ足をお運びください。
追記です。(2005/02/27)
あかいふうせんさんでは、引き続き、
裁判記録(力を貸してください)
のページで、裁判所へのメッセージを募集されています。
メッセージの送付や、あかいふうせんさんのページへのリンクをお願いします。
さらに追記です。(2005/03/12)
決着しました。
裁判記録(裁判決着)
のページに詳細が載っています。
お疲れ様でした。
ご意見・ご感想・コメントなどなど
はじめまして
訪問&メッセージそしてPRまで、本当にありがとうございます。
ネットというお互いの面識のない世界で、このようにみなさんの暖かい応援をいただき、非常に勇気付けられています。
どこまで自分に力があるか、わかりませんが最後まで主張をしていきたいと思います。
本当にありがとうございます。
投稿者 あかいふうせん : 2005年02月16日 14:38





