2005年2月16日
あかいふうせんさんのVBAC裁判の状況について
あかいふうせんさんの日記ページ
『あかいふうせん』父子家庭日記
にて、VBACの裁判の様子が書かれています。(詳しいことは是非、サイトの方をごらんください。)
そこで、裁判所へメッセージを募集されており、微力ながらこんなメールを差し上げました。
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私の妻は、上の子を緊急帝王切開で1999/11/14に出産しました。その後、2002/6/20に下の子を予定帝王切開で出産しました。
まず、日本では、普通分娩に比べて、帝王切開が不当に低く扱われているという現状があります。帝王切開で出産したというその1点だけで、周囲の人から中傷を受け、悩んでいる母親が非常にたくさん居られます。その現状そのものを、この場ではとやかくは言いませんが、そういった現状が、日本でのVBACによる出産率の高さに現れているのは事実です。
VBACという出産方法についての是非も、この場ではとやかくは言いません。
私は、問題は、大きく以下の3点であると考えます。
1.VBACという出産方法のリスクを、医者、産院がどれほど正しく理解していたか。
2.VBACという出産方法のリスクを、医者は、どれほど正確に妊婦と妊婦の家族に伝える努力を行っていたか。
3.VBACという出産方法を行う場合に、子宮破裂が起こった場合を想定した準備が十分に整えられていたか。
これらについて、ベルさんの裁判の過程おいて、すべてが不十分であったことは、明らかです。
このどれか1つでも十分であったなら、ベルさんの悲しい出来事は起こりませんでした。これを医者、産院側の過失といわずして、何を過失と言うのでしょうか?
何事にもリスクはあります。出産には、どのような分娩方法をとろうとも、必ずリスクはあります。しかし、未然に防ぐことが可能なことを防ぐ努力を怠った、医者、産院側に過失があったからこそ、今回の出来事が起こったことは明らかです。
私には、
「搬送をもっと早い段階で決断していれば、確かに命を落とさずに済んだことも理解できるし、十分な設備やマンパワーを持たない施設でこのようなリスク分娩を行なうべきでないということも理解できるが、法的な過失を問うのは難しい。」
という、裁判官からの意見を聞き、最後の、『法的な過失を問うのは難しい。』という文言が理解できませんでした。法は、個人の生命に対して、いったい何を守ってくれるのでしょうか? 医者や、医院は、行った医療行為に対して、法的な責任をとる必要はないのでしょうか?
裁判官に求めることではないのでしょうが、同じ悲劇を繰り返さないためにも、VBACという出産方法に対する、医者、医院の責任を明確にし、十分な知識の元、十分なインフォームドコンセントと、十分な準備で、未来の宝である赤ちゃんが生まれてくる環境が整うことを切に願います。
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この内容だけでは良くわからないと思いますので、是非、あかいふうせんのサイトの方へ足をお運びください。
追記です。(2005/02/27)
あかいふうせんさんでは、引き続き、
裁判記録(力を貸してください)
のページで、裁判所へのメッセージを募集されています。
メッセージの送付や、あかいふうせんさんのページへのリンクをお願いします。
さらに追記です。(2005/03/12)
決着しました。
裁判記録(裁判決着)
のページに詳細が載っています。
お疲れ様でした。
「あかいふうせんさんのVBAC裁判の状況について」のURL | コメント (1)
2004年8月12日
帝王切開について
最初の子が帝王切開だったということもあって、私たち夫婦の両親は帝王切開に対する拒否感というのは全く無くなっているようでした。(私たち夫婦には最初からありませんでしたが。)
やっぱり、無事生まれてすくすく育っている孫を見て安心したからでしょうか?
もし、自然分娩ではなく、帝王切開になって周りから何か言われている方が居られたら、『どんな生まれ方をしようと、生まれて来た子供は、まったく同じ命ですよ。』と言いたいです。
以前テレビで、 普通なら帝王切開となるところを、自然分娩で生まさせてくれる産院を無理やり探して、出産を試みる方のドキュメントを放送していたのを思い出しました。その方を否定するつもりは毛頭ありませんが、なにか違和感を覚えました。
世の中自然分娩至上主義とかいう思想がはびこっているのでしょうか? どんな生まれ方をしようと子供はしっかり育ちます。親の愛情もたっぷり湧いてきます。どこかのホームページの掲示板か何かで、自然分娩でないことを気にしている母親や、周りの方がいるという現実を知って憤りを感じました。もう1度言います。『どんな生まれ方をしようと、生まれて来た子供は、まったく同じ命ですよ。』
それから、母親の状態にもよるでしょうが、よっちゃんの場合には、今回執刀した担当医に、『1年以上間を明ければ、3人目のお子さんも大丈夫ですよ。』と言われました。
帝王切開でも3人までは産める場合もあります。だんだんと年齢もかさみ、母体への負担も大きくなってはきますが、十分気遣って医者とよく相談すればなんとかなります。その辺を気にしている方も、うちの例が参考になれば幸いです。
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帝王切開[One For All the blog]は移転され、現在は、人気者で行こう!はやとの育児日記]になっています。
そういえば普通分娩と帝王切開も……[お気楽育児のススメ]
帝王切開で・・・[初めての妊娠&子育て]
はじめまして、ぐんぐんといいます。
トラックバックを見て、おじゃましました。
僕は初めての子供で、出産=通常分娩と思いこんでいました。
出産には立ち会うつもりでいたので、奥さんの骨盤が狭く、通常分娩では難しいと言われたときには、少なからずショックをうけました。
あれから1ヶ月。
母乳もミルクもたっぷり飲み、まるまると育っています。
いろいろ教わったのですが、通常分娩が必ずしも安全ではないようです。
むしろ、帝王切開が安全なケースもあります。
母子共に健康であれば、どちらの方法でもいいと思いました。
あとは奥さんの傷跡が目立たなくなることを祈って…。
投稿者 ぐんぐん : 2004年08月22日 10:21
管理人のなりてんです。
ぐんぐんさん、はじめまして。
帝王切開に関するblogを探していて、「One For All the blog」に行き当たりました。
ぐんぐんさんのコメントにあるように『通常分娩が必ずしも安全ではないようです。』ですね。
世の中いろんな偏見があるようで、そう思わない人も多いようですが・・・。
同じ『パパ』として、またそちらのページも見に行かさせていただきますね。
投稿者 なりてん : 2004年08月23日 20:48
初めまして。だいさんと申します。
本日家の嫁が帝王切開で出産しました。
陣痛が微弱で、羊水も少なく、おなかの子供の心音も低下して
あれよあれよというまに帝王切開の出産になりました。
とにかく子供、嫁が無事でいることが何よりで、思わず男泣き
してしまいました。本当に心から、人生最大の賞賛の言葉を掛けたいと思います。よくやった!!ありがとう。
投稿者 だいさん : 2005年01月31日 23:15
だいさん、こんばんは。
奥様は緊急帝王切開だったのですね。
うちも、上の子のときがそうでした。
1/31出産ということは、そろそろ退院された頃でしょうか?
奥様は、しばらく(2ヶ月ぐらい)は、睡眠不足で大変な時期になります。旦那は出産の時にはほとんど役に立ちませんが、生まれてからは子育てで役に立てます。奥様を労わり、子供をかわいがってあげてくださいね。
投稿者 なりてん(管理人) : 2005年02月09日 23:35
2002年6月22日
第二子誕生
2002/6/20 14:08 無事第2子生まれました。
帝王切開で、2780g、46cmです。
最初の子とちがって、予定通りの帝王切開なので、ある意味安心でした。
第1印象は、『ちっちゃいな~』です。(^^;
最初の子が下に書いてあるとおり、3600gを越えていたので、
その時の印象が 強いせいだと思います。
予定日どおりだと、下の子も同じぐらいの大きさになっていたのでしょうね。
最近の子にしたら、大きい方のようです。
ちなみに名前は、
上の子が『恭也』
下の子は『流也』
です。
特に深い意味はなく、字画と読んだ時の雰囲気で決めました。
2人合わせて『きょうりゅう』です。(^^ ;
1999年11月14日
40週 4日目(誕生)
やっと、生まれました。
結局、『帝王切開』しました。
それでは、生まれるまでの経緯を書きます。
プレママさん、プレパパさんの参考に少しでもなれば、嬉しいです。
11/12の日記に書いたとおり、11/12の夜9時過ぎに一旦自宅に帰ってきて、寝ていたところ、11/13の早朝4時30分頃に、電話で呼び出されました。
よっちゃんが、『痛いから腰をさすって欲しい』というのが理由です。
今になって思えば、あの時の痛みは、まだまだ前駆陣痛で、序の口程度だったようです。
結局、よっちゃんは、5分~10分ほど、うとうとしただけで、一睡もできませんでした。 私も、自宅で4時間弱ほど寝ただけで、お互いに、かなりの寝不足状態です。
その日の朝方に、助産婦さんに内診してもらいましたが、子宮口は、全く変らず、指1本分のままです。
朝8時頃に、主治医が来て、今日も1日様子を見ようと言うことになりました。
そして、念のため、胎盤の大きさをレントゲンで測り、問題無いことも確認しました。
それから、破水も、下の方ではなく、上の方が破水しているようで、子宮口近くの羊膜はしっかりとあるらしいです。
午後から、個室が開いたので、陣痛室から、個室へと移してもらいました。
しかし、一向に、子供が下がってきていないのです。
普通なら、産月になれば、子供の頭が子宮口の近くに下がってくるはずなのですが、うちの子の場合は、9ヶ月ぐらいのお腹が、さらに大きくなっただけの状態です。
そして、診てくれる、助産婦さん、看護婦さんに、
『大きいな~』
と言われるほど、大きなお腹になっています。
(子供の推定体重は、3600g程度です。)
午後からも、相変わらず、定期的な陣痛はあるのですが、どうやら、強弱があるらしく、強い痛みは、数回に1回しかなく、それも、1分弱しか痛みは続きません。
ほんとの陣痛は、ピークの痛みが、1分以上続き、しかも、その状態がずっと続くらしいです。よっちゃんの様に、痛みの弱い時が混じるようでは、まだまだの様です。
夜9時頃の診察で、熱が38度以上ある事が分かり、急遽血液検査を行いました。
その結果、どうやら、雑菌に感染しているようです。
ちょっと、正確な数字は間違えているかもしれませんが、
CRP(だったかな?)の数値が、正常は、0で、0.5以上で感染らしいのですが、200を越えている。
(ちなみに、11/13の朝の検査では、0.6)
白血球が、通常1万以内なのが、2万を越えている。
という説明を聞きました。
破水の1番の問題は、この雑菌への感染のようです。感染すると、母子ともに影響があります。
今まで食後に、抗生物質の錠剤を飲んではいたのですが、すぐに、点滴での抗生物質の投与に切り替えました。
この時は、主治医は帰っていたので、当直医と相談し、主治医へも電話連絡してもらいました。
すぐにでも、帝王切開という話もあったのですが、結局は、
『朝までこのまま、抗生物質で影響を押さえて、もう1度検査を行い、帝王切開かどうか判断しよう。』
ということになりました。
この時でも、子供の方は、相変わらず高い位置にいて、まだまだ生まれてくる気配はありません。
痛みの度合いも、徐々に強くなり、『1分弱ほど痛みが続き、3分強ほど間が空く』と、間隔が、気持ち短くなりましたが、相変わらずの状態です。
そして、夜の11時過ぎに、本格的な破水が起こりました。
とうとう、子宮口近くの羊膜が破れたのでしょう。
それでも、子供は、下がってきませんでした。本来なら、子供の頭で、子宮口を塞いで、羊水が流れ続けるのを押さえるらしいのですが、よっちゃんの場合は、動いたり、痛みが来るたびに羊水が流れ続けました。
結局朝までに、特大の産褥パッドを、3回以上もびしょぬれにしました。
そして、本格破水のあとは、陣痛も強く、間隔も短くなりました。
これがほんとうの陣痛のようです。これに比べてら、いままでの痛みは、全然のようです。
しかし、いくら痛みが続いても、子供は下がってきません。
朝までに、普通分娩で生まれてくれることを、少しは期待していたのですが、どうやら無理のようです。
日付も変り、11/14の早朝(というか夜中か)に、あんまり、よっちゃんが痛がるので、当直医に内診と、なにかよい方法はないかと相談してみました。
『急いで、帝王切開することも可能だが、できることなら、看護婦、医者の揃っている、朝まで待って欲しい。』
と言われました。
『もちろん、子供の心音に異常があった場合などは、緊急切開を行う。』
とも言われました。
内診の結果でも、子供が気持ち下がっているからと、励まされ、いっしょにがんばってみることにしました。
ところが、朝の7時頃には、陣痛が少し軽くなり、30分程度、よっちゃんは、うとうととすることができました。
私は、よっちゃんの腰をさすりながら、寝そうになるのを必死で我慢していました。
通常は陣痛が軽くなることは考えられないので、よっちゃん&お腹の子供は、一体どうなっているのでしょうか?
子供の位置は、あいかわらず、高いままです。
そして、再度血液検査をして、結果の出た朝の9時頃に、主治医と相談しました。
『数値は、昨晩より高くなっている。帝王切開をしましょう。』
といことになりました。
私も、よっちゃんも、帝王切開には特に抵抗感はなく、
『自然に生まれるのが1番だが、状況に合わせて最適な方法を行おう』
と思っていました。主治医とも同じ考え方の様です。
ところが、よっちゃんの母親や、私の母親は、そうではないらしく、帝王切開に強い抵抗感があったり、破水は一大事と考えていたり、とにかく早く生まれるように、薬などで対処して欲しいようでした。
(帝王切開よりも、薬の方が、母子に負担をお耐える場合もあるのにね。)
2人の母親の出産時とは、医療の手法もずいぶんと変わり、この辺の意見の食い違いは、なかなか大変なものがあります。
気持ちは、十分に理解できるし、尊重して決めていきたいのですが、難しいものですね。
まあ、そんなこんなで、準備が整った、10時によっちゃんは手術室へと運ばれていきました。
私は、あまりもに眠かったので、部屋で仮眠を取っていました。
ふと、呼ばれる声で目を覚ますと、赤ちゃんを抱いた看護婦さん(助産婦さんかも?)が部屋にいて、生まれた子供を見せてもらいました。
寝起きでもうろうとしていたせいなのかよく分かりませんが、何が自分の周りで起きているのかよく分からない状態でした。
そうこうしているうちに、よっちゃんと、私の両親も、生まれた子供を近くで見た後、新生児室へと運ばれていきました。
赤ちゃんを間近で見たのは、1分ぐらいでだったと思います。
その後、時計を見ると、10時45分ぐらいでした。けっこう帝王切開って、短いものですね。
そのあと11時から、ガラスごしに新生児室の子供を見ることができました。
体重は3600gを少し越えたぐらいでした。
よっちゃんも、11時30分ぐらいに、部屋へ戻ってきました。結構元気そうでした。
もう、夕方まで子供も見れないし、よっちゃんも疲れてはいるようなので、よっちゃんのことは両親にまかせ、私は、自宅で仮眠をとることにしました。
ということで、やれやれです。
とにかく、気を揉みました。そんなには、あせってなくて、おおらかに構えていたつもりなのですが、睡眠不足もあって、とにかく疲れました。
正直、
『ほっとした。』
という気持ちが一番強いですかね。子供も無事、元気なようですし。
ということで、私も『お父さん』になりました。
このサイトの『期間限定 お父さんになるまで・・・』も、これにて終わりになりますね。 (^^;
もし時間があれば、これまでの気持ちをまとめてみたいとも思っていますが、この辺で、幕を閉じさせていただきます。
このサイトが、少しでも、みなさんの参考になっていただければ嬉しく思います。
それでは。
nyaopooさんへ
この時の日記は、自分でもちょくちょく読み返します。
その度に、その時の記憶が鮮明によみがえってきます。
やっぱり、かなり強烈な印象だったということですね。
nyaopooさんのページもちょくちょく見に行かさせていただいて、自分の子のときを思い出したりしています。
投稿者 なりてん(管理人) : 2005年02月09日 23:45
自分が出産したときの事を思い出してしまいました。
私も胎児の状況的には、かなり近いものでした。
ただ陣痛がなく、破水もチョロチョロと尿漏れと勘違いしてしまう程の出方でした。
まだ先のことですが、第二子は帝王切開確実ながら
がんばりたいと思います。
投稿者 nyaopoo : 2006年08月17日 18:48
1999年11月12日
40週 2日目
実は、今日の時点でもまだ生まれてません。 (^^;
多分明日になりそうです。
朝起きて、よっちゃんは、さらっとした、きれいな赤色をした血液混じりのおりものが、少量でました。
(いきなり、トイレに呼ばれて、見せてもらいました。)
おそらく、破水だろうと言うことで、病院に電話して、タクシーで行きました。(1メータの距離です。)
やっぱり、破水していて(なんか、試験紙で羊水かどうかすぐ分かるらしい)、入院することとなりました。
でも、子宮口は、やっぱり、1cmしか開いてないそうです。
で、陣痛室という所がいっぱいで、最初は、個室で横になりました。
しばらくして、主治医がやってきて、
『とりあえず、今日1日様子を見て、明日の朝になっても、生まれてこないようだったら、考えましょう。』
という、話を聞きました。まあ、もっともなことです。
お昼過ぎ頃に、急に看護婦さんがやってきて、大部屋(4人部屋)の人と、入れ替わりました。
大部屋で、ゆっくりしていると、5~10分置きぐらいだった痛みが、夕方7時頃には、3分おきぐらいになってきました。
それでは、陣痛室に移ろうと言うことで、移動した後、助産婦さんの話では、
『子宮口は指1本分』
ということで、
『たぶん朝まで生まれない』
ということだそうです。 (^^;
そして、陣痛室には、他の妊婦さんもいるので、朝までは付き添いできないらしく、しかたなので、夜9時過ぎに、家に帰ってきました。
(病院から家までは、歩いても15分ぐらいです。)
なにかあったら、すぐに連絡くれるらしいですし・・・
まあ、そんなわけで、この日記を書いているのです。 (^^;
明日は、8時頃には病院へ行って、たぶん頑固な子宮口は開いてないだろうから、主治医と相談と言うことになるでしょう。
もう、うちの子供には、『今日か、明日か』と、気を揉まされっぱなしです。
1999年11月07日
39週 4日目
11/3に、あんなことを書いておきながら、実は、まだ生まれてません。 (^^;
11/4に病院へ(いっしょに)行ってきたのですが、子宮口は、1cmぐらいしか開いていないようです。
破水もしていないし、まだしばらくはかかりそうだと言うことでした。
医者も、予定日を過ぎてきたら、薬などを使って、早く生まれてくるような処置を行うそうですが、予定日前なので、様子を見ると言うことらしいです。
現在のよっちゃんは、痛みはあいかわらず定期的にあるようですけど、我慢できないほどの痛みは、たまにしかないようです。
これが、1時間ほど続くようだったら、本格的な陣痛なのでしょう。
火曜日には、診察に行く予定なので、その時の状況次第では、入院→出産となるのではと思っています。
私としては、早いこと生まれて欲しいのですが、なかなか思うようには行かないものですね。
このままでは、11年11月11日生まれてとなる可能性もありそうです。
その時は、冗談で、『十一(といち)』君と付けようか? とよっちゃんは言ってますが、そんなわけにはいかないですよね。
代わりに、『士』の文字を使うという案も、あるにはあるのですが・・・
今のところ、名前の候補は、
『流大(りゅうだい)』、『恭也(きょうや)』、『瑛久(あきひさ)』
です。
まあ、実際に生まれてから、決めることにします。
ではでは、次回こそ、誕生の報告ができますように。
1999年11月03日
39週 0日目
とうとう、予定日まであと1週間になりました。
ちなみに、この文章は、よっちゃんの様子を見ながらリアルタイムで書いてます。
今、夜の11時過ぎなのですが、よっちゃんは、そろそろ陣痛が始まりかけてる?ってところです。
『そんな悠長なこと言ってていいのか!?』 って?
現在は、およそ10分おきに痛みが来て、約30秒ほどでおさまるという状態が、約1時間ほど続いています。
あと1時間ほど、今のままの状態が続けば、病院に電話しようかと思っています。
病院までは、車で10分ほどなので、もっと本格的に陣痛が始まってからでも、よっぽどのことがない限り大丈夫だと思ってます。
こうして、この文章を書いてる途中で、よっちゃんは、寝てしまいました。 (^^;
よっちゃんの場合は、まだ、そんなに痛みは強くないようです。
それに、2日ほど前から、15分おきぐらいに痛みが来るのが数回続いて、1時間ぐらいはおさまったり、って状態だったのです。
おそらく、この10分おきの痛みの状態が、まだまだ続くのではないかと予想しています。
今、よっちゃんは、痛みで目を覚ましました。
どうやら、とりあえずは本格的に眠るみたいです。
陣痛の痛みで、眠れない状態になるまで、待った方が良さそうです。
最初は、初産なので、『そろそろ陣痛か!』、『陣痛始まったのか?』と、夫婦共々心配してましたが、もう、腹が据わりました。
本格的な陣痛が始まったら、『わからないはずがない』と思ったからです。
よっぽどのことがない限り、その状態から、実際に生まれてくるまでに、まだしばらくの時間がかかるのですから。
・・・
ちょっと、10分ぐらい、よっちゃんの足マッサージをしてました。
もうすぐ、日付も変ります。
よっちゃんは、かなり眠くなってきたようですが、なかなか眠れないようです。
・・・
おっと、今度は、肩と、手のマッサージを30分ぐらいしてました。日付も変りました。
どうにか、よっちゃんは、眠ったようです。
次の陣痛の波で起きなければ良いのですが・・・
・・・
どうやら、起きないようです。
では、この辺で、ページ更新をすることにします。
次に書込む時は、出産報告になるかな?
1999年10月23日
37週 3日目
もう、お腹の中では、立派な赤ちゃんに成長している。いつ生まれてもおかしくない。
今日診察に行ってきて、推定体重は、ほぼ3kgになっている。
それよりも、よっちゃんは、手足がかなりむくんできた。
あんまりひどいと、妊娠中毒の可能性があるので、要注意だ。
そのむくみ具合は、足首から先は、『肌色の粘土』状態だ (^^;
指で押してもへこんだまま、元に戻らないし、靴下をはいた後は、くっきりと跡が残っている。
診察してもらった医者の話では、そんなにひどくないらしいので、塩分、糖分などを控えればよいようだ。
入院準備も終ったし、あとは生まれてくるのを待つのみだ!
1999年10月11日
35週 5日目
もう完全に、月1更新と化してます。ごめんなさい。
でも、この時期って、あんまし書くネタがないのですよね。
特に状況が変るわけでもなく、ただ、ひたすら、
『早く生まれてこないかな~』
とか、
『もうすぐ臨月だね~』
って感じの日々が繰り返されるだけです。
さて、あと1ヶ月。もういつでも生まれてきてOKです。
1999年9月12日
31週 4日目
9月に入っても、やっぱり更新サボってます。ごめんなさい。
よっちゃんは、もうすぐ9ヶ月に入るところですが、いわゆる『牽引痛』がひどいようです。
特に、お腹が急激に大きくなってきた、8ヶ月ごろから、寝返りを打つたびに、うめいてます。
なりてんの休みの日などは、ほぼ一日中、『お腹さすって~』、『背中さすって~』、『腰さすって~』って大変です。
それに、時々(1日に数回程度)、かなり痛くなり、お腹が張ることもあるようです。
あんまり頻繁に痛くなるようだと、早産の危険もあるから、ちょっと注意しないといけないですね。
さて、あと2ヶ月。もう少しで、我が子誕生です。
夫婦共々、あと一踏ん張り!
1999年8月29日
29週 4日目
子供の性別が、分かりました。
医者いわく、『ほぼ間違いなく、男の子』だそうです。
でも、『今まで、男の子と言ってて、1回だけ女の子だったことがある』らしいので、絶対確実なものではないようです。
それと、超音波で性別が分かるのは、32週ぐらいまでらしく、それ以上週数が進むと、足で隠れてわかりにくくなるらしいです。
性別が分かったところで、そろそろ名前を考えはじめてます。
よっちゃんの妹が買っていた、名付け用の本を借りてきて、いろいろ考えています。
でも、ああいう本を読むと、どうしても、悪い画数の名前は付けづらくなってしまいます。
良い画数の名前にこだわると、使える漢字が、ほんとに限られてくるので、気に入った漢字がある人は、本を読まない方がよいかもしれません。
今のところ、候補は、『匠一』、『流大』、『恭也』などです。
(もし、同じ名前の人がいたら、教えて下さい。)
まあ、まだまだいろいろと考えてみようと思ってます。
1999年8月22日
28週 4日目
お盆休みは、8/8の日記にあるように、6泊7日で帰省していました。
最初は、結構調子よかったのですが、4日目ぐらいから調子を崩し、5日目の晩に、救急で病院へ診察に行きました。
そこで、ちょっときつめの張り止めの薬をもらい、何とかごまかしながら、まあなんとか無事、帰省を終えて、我が家へ戻ってきました。
おそらく、あちこち行って、疲れたのが原因のようです。
帰省中に行った病院では、またまた逆児に戻っていることも判明しました。
この時期は、かなり動き回るようですね。おそらく、しょっちゅう、逆児になったり、戻ったりしているのでしょう。
帰省から戻ってきた次の日には、普段行っている病院へ行って、帰省中の説明をして、結局、張り止めの薬は、元に戻すことにしました。
どうも、張り止めの薬は、飲んだ後、しばらく気分が悪くなるようで、余り強い薬は、気分が悪くなるのも、ひどいようです。
(ちなみに、この時の診察では、逆児ではなかったらしい。)
それから、子供の性別ですが・・・ まだ、わかってません。
単に、よっちゃんが、診察の時に聞くのを忘れているだけのようですが、まあ、次の診察では、どちらかわかることでしょう。(たぶん)
1999年8月08日
26週 4日目
8月に入ったと言うのに、更新さぼってました。
昨日、ひさびさに、よっちゃんと一緒に、病院へ診察に行きました。
担当の医者は、なんか緊急の帝王切開の手術のため不在で、いつもとは違う医者に、診察してもらったそうです。
それと、なんと、逆子が直ってるらしいのです。よっちゃんは、相変わらず、『下腹の方が蹴られる』と言っているのに、ちゃんと、頭が下になっているようです。
まあ、そういうこともあるのでしょう。(頭突きでもしてるのかな?)
その時に、帰省の話もして、『痛みも、出血も無いようなので、大丈夫』といわれました。片道、約3時間電車に乗って、よっちゃん共々、帰省してきます。
中途半端に短いよりも、長い方が、よっちゃんが楽だろうということで、8/10~8/16までの、6泊7日の旅?です。
向こうで、体調が悪くならなければよいけど・・・
1999年7月26日
24週 5日目
会社で仕事をしていると、携帯が鳴ったので、取ってみる。
すると、診察を終えた、よっちゃんからで、『赤ちゃんは、元気やねんけどな、逆児やねん』とのことだった。
帰ってから、詳しく聞いてみると、実はここ2月ほど、ずっと逆児状態だったらしい。
もうちょっと、月数がたってから、逆児体操なる物をするらしい。
でも、よっちゃんは、『このまま、ずっと逆児の様な気がする』と言ってるし、担当医も、『このパターンは、(逆児が)直らないかもしれない』と言ってるらしい。
最後まで、逆児のままだったら、帝王切開になるのだが、赤ちゃんは、医者もびっくりするぐらい元気らしいので、まあいいか。
それから、性別は、まだはっきりしないらしい。まあでも、男の子のような感じらしい。
推定体重は708g
胎動も激しくなってきた今日この頃、でも、逆児なので、下腹部を蹴られるらしい。
(ふつうだと、おへその下あたりなのだが)
1999年7月17日
23週 3日目
来週月曜日は、体調さえ悪くなければ、『母親学級』なるものに参加してくる予定らしい。
普通は、もうちょっと早くから行くような気もするのだが、よっちゃんは、まだ、1度も参加していない。
でも、『母親学級』って、一体何を教えてくれるのだろうか?
・正しい赤ちゃんの産み方
う~ん、なんか違うかな? (出来の悪いHow To本みたい)
・出産時の事故と危険性
これじゃ、運転免許更新の時の講習みたい。 (^^;
まあ、終ってから、教えてもらおう。
1999年7月08日
22週 1日目
一昨日、よちゃんは、病院に診察しに行ってきた。ずっと、お腹が張ることを説明すると、薬を変えてくれたらしい。
様子をみて、まだ、お腹の張りがひどいようなら、しばらく入院して、点滴を打つこともあるらしい。
本などを見ていても、お腹の張りが続く場合は、早産の気があるらしいので、気をつけなくては。
ちなみに新しい薬は、
ズファジラン錠
抹消の血管を拡げたり、血液の粘度を下げて流れをよくします。
また子宮が異常に収縮するのを抑え、流産・早産を予防します。
というものだ。参考まで。(前のはダクチル錠)
それから、性別の方は、残念ながら、赤ちゃんの向きが悪く、わからなかったらしい。
よっちゃんいわく、『うちの子は、写真が嫌い』らしい。どうやら、正面を向いて写ったことがなく、いつも背中を向けているらしい。
さて、性別が分かるのは、いつになるのやら。
1999年7月05日
21週 5日目
昨日は、よっちゃんの妹の子供(男の子 6/26生まれ)を見てきた。
まだ、生後1週間の赤ちゃんを、まじまじと見るのは、はじめてなのだが、やっぱり、かわいい。
なんか、動いてるし、ちっちゃな手には、ちゃんと爪まで生えてる。(まあ、あたりまえなのだが・・・)
そのうち、よっちゃんのお腹からも、あんなのが生まれてくるのかと思うと、ちょっとだけ不思議。
1999年6月30日
21週 0日目
あいかわらず、よっちゃんは、お腹が張るようだ。
まあ、原因は、便秘みたいだけど・・・
病院でもらってくる、酸化マグネシウムを、毎食後飲んでいても、すっきりとでないらしい。
なりてんは、便秘ってものになったことがないので、全然わかんないんだけど、なにかいい方法はないものだろうか?
1999年6月27日
20週 4日目
昨日、よっちゃんの妹は、無事、男の子を出産した。
3,548gの大きな赤ちゃんだ。
金曜日の夜中から陣痛が始まり、土曜日の朝に病院へ行って、そのまま入院し、16時頃生まれたらしい。
一方、よっちゃんの方は、胎動を感じるようになってきたらしい。
よっちゃんいわく、『ぷくぷくする』って感じだそうだ。
まだ、6ヶ月に入ったばかりなので、なりてんがお腹の上からさわってわかるほどではない。
まあ、そのうち、痛いほど胎動を感じるようになるものらしいので、その時は、なりてんでもわかるだろう。
それより、蒸し暑くなってきたので、夏ばてしないように気をつけないといけないね。
1999年6月20日
19週 4日目
いや~。2週間も更新をさぼってしまった。
特に理由はない。たんなるサボり。ごめんなさい。
さて、よっちゃんは、もう安定期に入ったので、ひとまず安心。
逆にこのページの方は、ネタ不足になると言うわけだ。
でも、よっちゃんは、風邪をひいたのか、あんまし体調はすぐれない。
つわりのピークの頃から比べると、格段にましではあるのだが、以前からの、胃の調子が悪いのが続いていて、あいからず、『気持ち悪い~』って、時々言っている。
それから、よっちゃんの妹の方は、臨月真っ盛り。いよいよ生まれる寸前だ。昨日の時点で、子宮口は2センチ開いているらしい。
元気な赤ちゃんが生まれますように。
1999年6月06日
17週 4日目
テレビで、歌手の森高千里さんが、妊娠『2週間』って感じで報道されてたけど、妊娠2週目って、まだ着床してないんだけど・・・・
3週目でやっと着床して、はじめて妊娠した、ってことになるはずなので、あの報道は、どこかが間違ってるとしか思えない。
誰か真相教えて。
14wって事だと思いますよ~って
えらい昔の記事に書いてしまった^^;
投稿者 Anonymous : 2005年03月22日 11:48
コメントありがとうございます。
でも、14Weekってこと(14wってそういう意味で書かれたのですよね?)ではなく、間違いなく、2Weekです。
当時、ワイドショーでも話題になっていました。確か、別の用件で病院で検査したところ、偶然にも妊娠がわかって、妊娠2週間と言われたといった感じの報道でした。
Webで検索すると、
森高千里、「妊娠2週間」のナゾ(夕刊フジ)
というのがヒットします。(記事のほうは残っていないみたい。)
ということで、私の中では、真相はナゾのままです。(^^;
投稿者 なりてん(管理人) : 2005年03月22日 23:03
1999年6月04日
17週 2日目
昨日は、会社を休んで、安産祈願に、なりてんの両親、なりてん、よっちゃんの4人+お腹の子で、西国廿四番札所 中山寺に行ってきた。
中山寺は、安産祈願では有名で、その日は、戌の日ということもあってか、よちゃんと同じぐらいの月数と思われる妊婦さんもたくさん見かけた。
そこでは、7,000円と、20,000円の安産祈祷があり、7、000円の方でお願いしてきた。
その中には、腹帯、お守り、説明のしおりなどが含まれていて、その他に、ご祈祷した御札を後日送付してくれる。また、お礼まいり、初まいり、命名の申込書もついていた。
特に、お礼まいりでは、安産祈祷でもらった腹帯に、別の新しい腹帯を添えて奉納するシステムになっている。その時奉納した新しい腹帯には、墨で祈祷文を書込んで、次に安産祈祷しにきた人へと渡されることになる。
うちが頂いた腹帯には、『寅年 男』と書込んであり、去年に生まれた家の奉納した腹帯だということだ、こうして無事生まれてきた人にあやかると言う意味も含まれているのだろう。
帰ってきて、早速巻いてみると、『結構あったかい』とよっちゃんは言っていた。大きくなりだしたお腹を支えると言う意味の他に、お腹を冷やさないようにするのらしい。
その日の晩は、よっちゃんの両親も来て、6人で宴会をした。ちょっと飲みすぎて、次の日がしんどかったが、こうして、無事、戌の日の腹帯巻きは終った。
1999年5月30日
16週 3日目
この1週間は、サーバーダウンにより、更新どころではありませんでした。
今後は、こちらに移動しましたので、よろしくお願いします。
えっと、よっちゃんの方は、かよっている病院を変える事にした。
もともとは、里帰り出産するつもりで、よっちゃんの実家(といっても、電車で30分で行けるところ)から、歩いて行ける病院にしていた。
でも、よっちゃんの実家では、よっちゃんの父母と、よっちゃんの妹夫婦がいっしょに住む事になって、産月の頃には、生後半年の赤ちゃんもいるし(5/10の日記参照)、それどころではなさそうだからである。
結局、一番最初に診てもらった、家から歩いて行ける病院で出産する事にした。
昨日は、その病院に行って事情を説明してきた。今まで行っていた病院から、紹介状と、初期検査の結果をもらってくればOKの様だ。
そろそろ、母親学級にも通いはじめる時期なので、電車に乗る必要がない分だけ、新しく行く病院の方が便利ではある。
ただ、マンションで、2人暮らしなので、産月に入ってからは、ちょっと心配。
そこで、産月に入ってからと、生まれてしばらくは、なりてんの実家の母親に泊り込んでもらって、手助けしてもらおう思っている。
ところで、世の中での里帰り出産の比率はどのぐらいなのかな?
あなたは、どちらでした?
それと、里帰り出産中のお父さんの気持ちは、どんな感じでしたか? ご意見聞かせて下さい。
1999年5月22日
15週 3日目
最近、更新が1週間に1回だな。
もう少しまめに、更新しなくては・・・
この間、よっちゃんが検診に行ってきて、『お腹がだいぶ張っているみたい』 と言われたらしい。
それに、胃の調子が悪いという事で、たくさん薬をもらってきた。
薬といっしょに入っている説明書きによると。
・ダクチル錠(3食後+寝る前)
子宮の収縮を押さえて下腹部の張った感じや痛みなどを改善し、妊娠を継続させる事により、流・早産を防止するくすりです。
・酸化マグネシウム(毎食後30分)
このお薬は胃酸を中和したり便通をよくする薬です。
・アルサルミン細粒(毎食後30分)
胃の粘膜を保護して、胃・十二指腸潰瘍、胃炎の症状を改善する薬です。
この薬を服用して症状が軽くなっても自分の判断で服用を中止しないで下さい。
・プルゼニド錠(寝る前、便秘時)
このお薬は、便通をよくする薬です。多めの水でおのみ下さい。服用中に尿の色が黄褐色または赤色を呈することがありますが、心配はありません。
の4種類だ。
薬をのみだしてから、便秘も解消し、胃の調子もましになってきているようだ。
もうすぐ5ヶ月、安定期。そろそろ、妊婦体操もはじめなくちゃね。
1999年5月16日
14週 4日目
なりてんの父母が、6月2日に、うちへ来る事となった。
なんでも、次の3日は、戌の日という事で、安産祈願に行って、腹帯巻きをするつもりらしい。
よっちゃんの方はというと、もうすぐ安定期に入ろうかというのに、まだ、『気持ち悪い~』って言っている。
4ヶ月にしては、結構出てきたお腹に、胃が圧迫されているかじゃないかと思っているのだが、どんなものなのだろうか?
それから、妊娠前から、かなり便秘がちだったのだが、これまた腸が圧迫されているからか、なかなか出ないようだ。
病院から貰っている、便秘薬を飲んでも、なかなか出ないらしい。
もっと、繊維質の多い食事を取らないと駄目かな?
1999年5月10日
13週 5日目
昨日、よっちゃんは、よっちゃんの父、母、妹と、ベビーグッズの買い物に行ってきた。
実は、よっちゃんの妹も妊婦さんで、予定日は、6月なのだ。
なりてんと、よっちゃんの妹のだんなと、よっちゃんの実家の飼い犬の二人と一匹は、お留守番だった。
なんか良く分からないが、服やら、ベビーバスやら、いろいろと買ってきていた。
よっちゃんと妹とは、出産時の季節が違うので、服なんかは参考にならない事も多いみたいだが、店員さんにもあれこれと聞いてきたみたいだ。
ところで、話は変って、みなさん、『戌の日』に腹帯を巻きました?
昨日の夜には、なりてんの実家の母から電話があり、『戌の日は、どうするの』って聞いてきた。
うちの実家は、結構遠い(電車乗り継いで3、4時間ぐらい)けど、日取りを見て、遊びがてら来るみたいだ。
なりてんの父母にとっては、初孫になるからか、母の方は、もう完全に、ばばバカ状態だ。
生まれてきたら、きっと、あれやこれや買い与えるに違いない。
なりてんの、父の方はというと、じじバカには、ならないような気がしているのだが、よっちゃんや、母に言わせると違うらしい。
『孫を見たら変るって』って、よっちゃんは言う。う~ん、世の中そんなものなのだろうか?
あなたの、父母はどうでした?
1999年5月05日
13週 0日目
今日で、ゴールデンウィークも終わりだ。
そして、端午の節句。
生まれてくる子が男の子なら、来年の今頃は、一大イベントになっているのだろうか?
現在のよっちゃんは、張り止めの薬のおかげで、まあ、ましな感じになってきた。それでも、徐々に出てきたお腹に、胃が圧迫されているのか、気分のすぐれないときや、ひどいときには吐き気もあるようだ。
13週0日、そろそろ胎盤も完成に近づいている時期。お腹の子も10cm近くになっている頃かな?
1999年4月30日
12週 2日目
今日は、よっちゃんが、「お腹が張って痛い」って言うので、一緒に病院へ行ってきた。
一応、お腹の張りをやわらげる薬を処方してもらい、様子を見る事になった。
超音波で見る赤ちゃんは、元気に動いているらしく、心配はなさそうだ。
それと、このところのよっちゃんのつわりだが、どうも、つわりというより、胃炎の様な感じだ。
実は、よっちゃんは2年近く前に、胃炎で1週間ほど入院した事があり、症状がその時と良く似ている。
もともと胃腸が弱いのに、つわりの間の食生活ですっかり胃が弱ってしまい、4月26日の日記にある通りに、フィッシュバーガーのせいで、胃が炎症を起したのかもしれない。
今日処方してもらった、お腹の張りをやわらげる薬には、胃の調子を整える効果もあるそうなので、これで何とか調子良くなるだろう。
現に、今、このページを編集している横で、よっちゃんは、友達と長電話しているのだが、かなり調子は良さそうだ。薬の効果てきめんかな?
1999年4月26日
11週 5日目
現在、11週の終わりだが、つわりは、まだまだ続いている。
10週目の最初の頃に、ほぼ1日間、ほとんどつわりのない日があって、『奇跡の1日』と呼んでいる日があった。
その日の夜から、次の日の夕方ぐらいまでは、まったく気持ち悪くないらしく、調子に乗って、フィッシュバーガーを食べて、『胃が重い~』と言っていた。
(すぐ調子に乗って、困った事をしては、私に怒られている、よっちゃんであった。)
本人も苦しいのだが、私も、コンビニ弁当の夕食が続くのは、そろそろ悲しくなってきたので、1日も早くつわりが終って欲しい。
まあ、こんなところで、愚痴っても仕方がないか。(1番辛いのは、よっちゃんだしね。)
現在のよっちゃんは、少しお腹が出てきたような感じ。
(まだ、一目で妊婦と分かるほどではない。)
1999年4月25日
11週 4日目
初めて、知り合いの方以外からの「メール」をいただいた。
ワーキングマザーのほしのさんからで、詳しくは、彼女のページ、 HeartLand Club を見て欲しい。
このほかに、Yahooで探した、けんもつさんのページ、 パパになる日 のゲストブックに書込んだ所、早速、一言にてお返事をいただいた。
こうした、お会いしたこともない人からのメールっていうのは、大変嬉しい。
これからも、ぼちぼちと更新していく予定なので、よろしく。
1999年4月20日
10週 6日目
もっと、まめに更新しようと思っているのですが、なかなか大変ですね。
この間、よっちゃんが、母子手帳(母子健康手帳)をもらってきました。
母子手帳って、保健所でもらうんですね。知りませんでした。
妊娠が分かったら、病院でもらえるのかな?って、漠然と考えていました。それに、もらうときに、保健婦さんにいろいろと説明してもらえるようです。
子供が出来ると、いろいろと『初めて知る』ことに出会います。
例えば、母子手帳の事以外にも、初めて妊娠した人を『初産婦』、2人め以降だと、『経産婦』って言うのですね。知ってました?
それから、よっちゃんはというと、つわりはあいかわらず続いています。前回の日記の、ピークは越えたと思っていたのは、たまたま調子が良かっただけのようです。
1999年4月15日
10週 1日目
昨日から、自宅マンションに帰ってきた。
よっちゃんが買ってきている、
を読んで、つわりについて勉強してみた。
詳しくは、 コラム2 悪阻(つわり)のメカニズム を見て欲しい。
よっちゃんの方は、現在10週目に入ったところ、つわりのピークは越えたような感じだ。
1999年4月11日
9週 4日目
ここ何日か、よっちゃんの実家に泊まりに行っているので、更新が遅れてしまった。
コラム を書いたので、毎日のようにチェックしている人(そんな人は居るのか?)は、そっちで勘弁して欲しい。
これからも、週に2~3回ぐらいの更新ペースで続けていきたいと思っている。
現在のよっちゃんの様子だが、あいかわらずつわりは続いているが、他のもっとひどい人からすると、案外と軽い方のようだ。
よっちゃんの妹みたいに、ほとんどつわりがなかった人もいるし、苦しいのには違いはないので、かわいそうではある。
まあそれでも、全く食べれない状態ではないし、なんとか吐くのも我慢しているので、体調の方はまずまずのようだ。
がんばれ、よっちゃん。
1999年4月05日
8週 5日目
今日、やっと予定日がわかった。
病院で、超音波で診察し、成長度合いと、最終生理日とかで判断するらしい。
現在、8周5日で、11月10日が予定日だ。
よっちゃんは、その超音波で、心臓が動いているのを見てきたらしい。写真ももらって帰ってきて見せてもらったが、良く分からない。
それから、便秘の薬ももらってきたようだ。よっちゃんは、もともと便秘がちなのだが、妊婦なので市販の薬を飲むわけにもいかず、影響のでにくい薬を出してもらってようだ。
今日はつわりの具合いは、ちょっとはましなようだ。はっさくを食べて、『胸がすっーとする』って言っている。妊婦はすっぱいものが欲しくなるというが、ホントのようだ。
1999年4月02日
8週 2日目
最近、よっちゃんのつわりがひどくなってきた。
3月の終わりの頃まではまだ吐く事はなく、温かい食べ物は、匂いをかぐと吐き気がして食べられないって状態で、まだ食べ物を選んでなんとか3食だべられていた。
でも、昨日ぐらいから吐くようになり、今食べられるのは
果物
プリン
ざるそば
ときどきは、おにぎり
ぐらいだ。
それから、1日中『気持ち悪い~』ってうなっている。夜もなかなか寝れないようだ。
見てるとかわいそうだけど、これも赤ちゃんが育ってきている証拠でもあるので、がんばってもらうしかない。
1999年3月24日
7週 0日目
最初に見てもらった病院は、家から歩いて20分ぐらいの場所にある。
病院が移転されて半年もたっていないので、新しくて、いかにも最新設備が整ってますって感じの病院だ。
でも、よっちゃんといろいろ話してみたのだが、生む時の事を考えると、よっちゃんの実家に近いところの方が何かと便利だという事で、そっちの病院で診察してもらいに、よっちゃん一人で行った。
よっちゃの実家までは、電車で40分ぐらいで行けるので、そんなに遠くはない。産月近くになってくると、おそらくそこで面倒を見てもらう事になるだろう。
そうそう、超音波での写真も、貰って帰ってきた。
まだ、全然なんだか、よくわからない。6週目?に入ったとこら辺らしい。
それから、そろそろつわりみたいな感じになってきたようだ。まだ吐くところまではいかないが、『気持ち悪い~』って言っている。
次は、4月7日ごろに病院へ行くらしい。
1999年3月13日
5週 3日目
よっちゃんが調子が悪いので、いっしょに病院へと連れていった。
特に、『お腹が痛い』って言うので、気になっていた。
最初は内科に行って、念のため婦人科へと行って診察してもらった。
少しは、そんな気もしていたのだが、やっぱり妊娠の反応が出ているとの事。
まだ、超音波っていうのには写らないぐらいの時期なのだそうで、『また2週間後に来て下さい』って言われたらしい。
結婚して3年目で、そろそろ子供が欲しいと思いはじめてからも1年近く立つので、やっぱり嬉しい。
ちょっと油断すると、顔がにやけてきてしまう。






はじめまして
訪問&メッセージそしてPRまで、本当にありがとうございます。
ネットというお互いの面識のない世界で、このようにみなさんの暖かい応援をいただき、非常に勇気付けられています。
どこまで自分に力があるか、わかりませんが最後まで主張をしていきたいと思います。
本当にありがとうございます。
投稿者 あかいふうせん : 2005年02月16日 14:38